ディー・クルー・テクノロジーズ Blog

bookmark_border負帰還 (1)

今回はPLLの元となる「負帰還」について話してみたいと思います。

負帰還は何かを制御するときの基本中の基本です。これを理解していないと、回路が不安定になり時には発振し、大きな問題を引き起こしたりします。

負帰還回路の帰還とは、信号が戻ってくるから帰還といい、戻ってくる値が入れた信号に対して負(つまり、反対)なので、負帰還といいます。

信号Aは処理Aを経由して信号Bに変化するとします。しかし、信号Aを送った人は、本当に信号Bに変化したか分かりません。処理Aがあまり信用出来なかった場合どうするかというと、信用できる処理Bを使って信号Bの様子を聞きだそうとします。もし信号Bが目標とずれていたら、ずれている分だけ信号Aを補正し、信号Bを目標に一致させます。

このような面倒な事をしなくても、処理Aをきちんと設計して、目標通りに動作するようにしたら良いと考える方もいると思います。確かにその通りなのですが、電子回路の中にも得意/不得意があって、オールマイティな回路はなかなか出来ないものです。

通信系の回路で、DCフィードバックという回路(別の名前で言うかもしれませんが)があります。この回路を例にして、もう少し具体的に説明してみたいと思います。

微小信号を増幅して、デジタル回路でも判別できるように増幅する”広帯域アンプ”は、出来るだけ高速に動作するように寄生容量を少なくする必要があります。そのため、トランジスタのサイズは小さいほうがいい事になるのですが、小さくなると絶対値がバラツクだけではなく、相対精度も悪くなり、適切なバイアス状態に増幅器を保てなくなります。

これを防ぐために出力電圧の平均値(つまりバイアス)を検出して、基準電圧(目標)と誤差アンプで比較し、入力を補正する回路を追加します。平均値を制御するわけですから、誤差アンプは高速動作する必要は無くなりトランジスタサイズを十分大きく出来ます(でも、チップサイズとのトレードオフがありますが)。

このDCフィードバック回路を使うことで、温度や電源が変わっても、製造ロットが変わっても、常に広帯域アンプの出力バイアス電圧は基準電圧と同じなので、この次の段、例えばA/Dコンバータは安心してデジタルに変換できる事になります。

上図のような小さな信号が入力された時、広帯域アンプが0.5V付近を増幅できるようにバイアスされていたら、出力にきちんと増幅した信号が出てくるのですが、

バイアスが上にずれて”0.55V”付近を増幅するようになっていたとしたら、下半分にしか信号が出てこなくなり、デジタル信号変変換が出来なくなります。

DCフィードバックはこの状態にならないように、入力信号のレベルを(または広帯域アンプのバイアスを)調整する役目をしています。

通信系の回路では、主信号通すブロックには低雑音、線形性や高利得、広帯域、高速、高駆動などの厳しい要求が課せられるため、主信号系回路のバイアス制御などは負帰還回路を用いて行う事が一般的です。

オールマイティな回路が作れたら負帰還回路は要らないかもしれませんが、現実はそんなにうまくいきません。

主信号系と制御系(負帰還回路)がお互いに補正しあいながら全体としてうまく動作しているところは、仲の良い夫婦と似ていると思うのは僕だけでしょうか。

次回は、負帰還の安定性に触れたいと思います。(美斉津)

bookmark_borderLSI開発 エラーは無くならない

LSIを開発した後、そのLSIがきちんと動作しているかを確認することを僕たちは「評価」と呼んでいます。

この評価で、大きな喜びの瞬間があります。それは、信号が疎通する、つまり送ったデータがエラーせずに受信できた瞬間です。単純な回路よりも、複雑で要求されている特性が厳しい時はその喜びは何ともいえません。

そんな風に感じる私は・・・少し変なのかも知れないです(汗)

さて、信号が通ってエラーが無くなったと良く喜びますが、本当にエラーは無くなったのでしょか?

実は残念なことに、エラーは無くなっていないのです。エラーの発生確率がすごく低いので、たまたま実験室で見ている時はエラーが出ていなかっただけ・・・なのです。いやそんなはずは無いと言う方もいるかと思いますが、、、1年後、20年後、100年後もエラーは絶対にしないと言えるでしょうか?

エラーとは簡単に言うと、”1”であったはずのものが”0”になってしまうこと(またそれの逆)です。

そもそも、”1”とか”0”とかは人が決めたものであって、自然のままの信号は”1”も”0”も無く、連続しています。

また、世の中の信号には必ず雑音が混じっています。熱雑音、ショット雑音、フリッカーノイズ(1/fノイズとも言います)が主なもので、物質に温度があれば必ず雑音が混じっています。雑音は乱数なので、その量がどこまで増えるかは・・・確立の問題となるのです。

“1”が雑音で時々”0.9”になっても閾値が”0.5”だったら”0”と誤ったりしないのですが、雑音の量が非常に稀に、何十年に1度だけ、ほんとに偶然に偶然が重なって、0.499999になってしまったら”0”とエラーするのです。

長距離飛んできた電波や光は、信号が非常に小さくなってしまっているので、雑音に埋もれています。

なので、携帯電話やデジタルテレビでは、会話や画像が途切れてしまったりしないように、色々な保護やエラー訂正機能が組み込まれています。気づかないだけで内部でエラーは発生しているはずです。エラー訂正機能があるのなら、問題ないということになりそうなのですが、この訂正機能も訂正前のエラーが手におえないほど多くなったら時々訂正に失敗してエラーしてしまいます。

電子回路や装置は誤ってはいけないので100%を求められるのですが、どんなに頑張っても完璧に100%エラーをなくすことは出来ません。こう言うと、”そんなのはちゃんと回路設計が出来ないいい訳だ!”とおっしゃる方もいるかもしれないです・・・・が、電子回路も自然の一部なのですから、必ず間違えるのです。大事なのはそのエラーを予め考慮し、エラーが発生したときに使う人が気が付かない様にしておくこと、が重要なのではないかと思うのです。

次回は、、、”アナログの回路図の記号”について書いてみたいと思います。 (美斉津)

bookmark_borderアナログ回路図の記号

寒い毎日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

会社(横浜です)の前の通りにある木が枝だけになってしまって、ねぐらにしていた鳥たちは今どこで過ごしているのか気になっている、今日この頃です。

皆さんはアナログの回路図って見たことがあるでしょうか。線がジグザグになっていたり、棒が3本あってまるで囲まれている記号がある図面です。最近は全く無いですが、昔はテレビの後ろのパネルには何か図面が貼り付けてあったものです。何の為に貼ってあったのか分かりませんが、子供心に興味深深で、その図面が見たくて埃だらけのテレビの裏を覗いたものでした。デジタル回路は今やRTLやVHDL等の記述言語で表現することがほとんどで、回路図はあまり目にしなくなっていますが、アナログ回路は回路図がまだまだ現役です。

何かの機能を表検するのに”記号”が使われますが、アナログ回路に使う記号はすごく良く出来ています。

その部品やデバイスがどんな動作をするのかが記号を見ただけで分かって(イメージできて)しまいます。

例えば、抵抗は線をジグザグに書きます。

何か通り難い感じをうけませんか?・・・抵抗は線の中を電流を通り難くするのです。

コンデンサはこんなです。

並行した板が向き合ってます(実際に構造もそうなっています)。並行の板の間には何も入っていないので、行き止まりの感じがします。でも、板が近いので急いだら向こう側に行けそうな感じがしませんか?・・・コンデンサは、低周波(ゆっくり)は通し難いのですが、高周波(早く)は通し易いのです。

インダクタはこんなです。

抵抗とちょっと似てますが、線がらせん状に巻いてあります。(これも、実際に構造とおなじ)。

くるくる巻いてあるので、通り抜けるのに時間がかかりそうです。ゆっくり進むときは気になりませんが、急いで通り抜けようとするとくるくるが邪魔になってきます。インダクタは、低周波(ゆっくり)は通し易いですが、高周波(急いで)は通し難いです。トランジスタはこんなです。

ちょっと言葉では説明が難しいのですが、先ず矢印があります。これは、この矢印の方向に電流が流れることをしめしてます。そして、矢印の両端(ベースとエミッタ間)の電圧はだいたい0.7V位であまり変化しません。

もうひとつの端子(コレクタ)には矢印がないです。これは、ここ(コレクタ)の電圧は自由に動くことを示したいのです。トランジスタの回路設計をする時は、

①ベース電圧とエミッタ電圧を決め、

②その値からコレクタに流れる電流を求め、

③コレクタに繋がっている部品や電源電圧からコレクタの電圧を求める

の手順で設計するのが基本です。

アナログの世界は、絵や記号などがすごく重要な意味を持ちます。それは、扱うアナログ量は数字や言葉でよりも、絵や記号の方が表現し易いためなのではないかと思います。これらの記号は世界共通(少し方言がありますが)です。

言葉でいくら説明しても全く分かってくれなかった海外のエンジニアが、回路図と波形をOAボードに書いた途端、

“OK, I understood”

と言った事が何度あったことか。(美斉津)

bookmark_borderMixer-ミキサー (その1)

長い間暖めていた回路の話を始めたいと思います・・・それは Mixer(ミキサー)です。

その原理こそ数式で知ってはいたものの、深い動作のレベルでは納得の出来てない回路でした(今でも理解は足りないのですが)。

Mixerは混合器とも言い、2つの周波数を混ぜるからこの名前が使われています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B7%E5%90%88%E5%99%A8_%28%E3%83%98%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%B3%29

図1

ウィキペディアでは上のように書いてあり、

“2 つの異なる周波数 f1 と f2 とを入力すると、ヘテロダインの原理により、その和と差の周波数 f1±f2 を出力する回路。”となっています。 数式だと分かり難いので、回路にしてみると次のようになります。

図2

回路はビヘイビアモデルを使った単純な掛け算(Vr×Vc)をする回路です。

図3

理想的な回路なので、その出力も計算通りの1MHzと19MHzが混ざって出力されます。 波形VoutのFFT演算結果を下記に示します。

図4

大きなスペクトラム成分として、入力した周波数の差分(1MHz)と和分(19MHz)が出てきている事が分かります。

注)それ以外の成分がたくさん見られますが、その説明は別の機会にします。。(汗)

もしfrを10MHzにした場合(2つの周波数を同じにした場合)

図5

差周波数成分は無くなって、和の20MHz成分だけが出てきました。

続いてfr=11MHzとしてみました。

図6

frを逆に振っても計算通りの、1MHzの差周波数と、21MHzの加算した周波数が出てきます。

Mixerの用途としては、出力の差周波数の様子からからfr周辺の様子を探ることが多いです。つまり、高い周波数frを観測しやすい低い周波数にコピーしてその様子を調べるのです。

回路の動作は計算通りで問題は無いのですが、実用的にはちょっと問題が出てきます。

それは、高い周波数の様子を探ろうとしたとき、このままではfrが9MHzなのか11MHzなのかの区別がつかないからです。

もう片方のfcを10MHzから11MHzに変えてみれば分かるのですが、発信器の周波数を変えるのは手間が要ります。

実際には別の方法でfrがどちらに振れているのかを求めています。次回はその方法を紹介したいと思います。

bookmark_border電源フィルタ (3)

電源フィルタの部品の寄生素子

寄生素子は必ず発生する

今回は電源フィルタを構成する部品の寄生素子分を含めた場合について紹介したいと思います。寄生素子とは、素子に寄生するものなので、出来れば無いほうが良いのですが、実際には必ず寄生素子が存在します。寄生素子はその物理的な構造やサイズなどから決まり、例えば、インダクタにはコイル以外に抵抗やコンデンサが寄生しています。

図 1

具体的な値は以下のような値をとります

Lf1=1.8uHの場合

R0=5800Ω

R1=0.4946Ω

C0=0.291pF

Cf1=15000pFの場合

R2=0.0462Ω

R3=10GΩ

L2=0.42nH

電源フィルタにおける寄生素子の影響

これらの寄生素子を考慮に入れるとインダクタやコンデンサの特性は次のように変化します。

図 2

コンデンサは60MHzより高い周波数ではインダクタに変わり、インダクタは200MHzより高い周波数ではコンデンサに変わってしまっていることが分かります。

つまり、ある周波数(自己共振周波数などと呼びます)より高い周波数では、インダクタやコンデンサはもはや別の素子に変化していると言うことです。

高周波の寄生素子

これらの寄生素子を使って電源フィルタの特性がどうなるかを調べてみました。

なお、使った定数は上のほうで使った値でLf1=1.8uH、Cf1=15000pF、Rf1=15Ωで、寄生素子を含みます。

図 3

図 4

この結果を見ると、寄生素子の影響は100MHz以上で現れる事が分かります。つまり、寄生素子がない場合と比べると、電源雑音を除去する能力が悪くなり、雑音やリップルが回路側に入ってきてしまいます。このように高い周波数が電源から発生する事は少ないように思うのですが、実際に回路ではありえないとは言い切れません。例えば、同じボード上にRFのパワーアンプが搭載されている時などには、数GHzの雑音(と言うよりも信号成分)が電源経由で入り込む事が良くあります。

高周波の雑音を電源に加えてみる

もし、高周波の雑音が電源に加わったとしたらどうなるかを確認してみましょう。

図 5

上の図のように雑音源(5GHz,2Vppの正弦波)が加味されたときの過渡解析は以下のようになります。

図 6

寄生素子を考慮していない回路では、電源に雑音は現れないのですが、寄生素子を考慮した計算では、雑音とした追加した5GHzの信号成分がまだ消えずに残っています。

ノイズの原因は結局電源フィルタということも良くある

今回は非常に大きな雑音源を印加して見やすくしていますが、実際に回路ではこのように大きな雑音が見て分かるように混入する事は比較的に少ないです。しかし、オシロでは見えないような小さな雑音でも感度の高いプリアンプが増幅してしまい、S/Nが悪くなってから初めて気が付く事もあります。その原因は追っかけていくと大半は電源フィルタの構成にたどり着きます。

“電源だからそんなに高い周波数成分は気にしなくても平気だろう”って考えがちです。しかし、高周波と低周波ある周波数で区別するものではなく、全部周波数特性として繋がっているので、”周波数が低いから大丈夫!”言った思い込みは危険です。(美斉津)

bookmark_border電源フィルタ (2)

電源フィルタの弊害対策を考える

前回は電源フィルタの設計は意外と難しくて、雑音を除去するはずの電源フィルタが、逆に雑音や過剰な電圧を発生させてしまう回路になってしまう事があると紹介しました。

今回はその対策を考えてみたいと思います。

コンデンサとインダクタの挙動変化を知る

急激な電圧低下に耐えられないコンデンサ

前回の回路は負荷に流れる電流のピークを10mAとしていましたが、最初の電流でいきなり電圧が1V付近に降下しています。

図1

これは、コンデンサCf1の値が150pFと小さいために急激な電流の増加に電源電圧が耐えられないためです。

つまり、急速な電流の変化にはインダクタは応答できないので、コンデンサが電流を先ずは供給して頑張り、あとでインダクタからゆっくりと電流を供給してもらうといった動きをするのですが、最初の部分で頑張りが足りないと電圧が降下してしまいます。

コンデンサがどのくらい頑張れるかは、次式の計算で求めることが出来ます。

電圧降下は流れる電流を積分してコンデンサの値で割れば良いと言うことなので、計算してみると・・・の電圧降下が発生する事に成ります。

従って、150pFは10mAが40nsec流れるといった負荷には耐えられないということです。

コンデンサの値を大きくする

ではどうするかと言うと、コンデンサの値を大きくするのが一番簡単です。

150pFで2.67Vの電圧降下だったので、特性に影響のないところまでと言うと・・・2桁ずらして、15000pFで0.0267Vの電圧降下であったら特性に問題はなさそうです。

早速変更して計算をして見ましょう。前回と同じように1MHzをカットオフ周波数にするためのインダクタの値を計算してみると下記の様になりました。

1.7uHは一番系列で近い値の1.8uHとしました。

図2

電圧効果は無くなりましたが、代わりに電源が振動するようになってしまいました。

電源振動の原因を周波数特性で確認する

電圧源からの周波数特性を確認してみると・・・・

図3

案の定、ピーキングが発生していました。

共振するポイントを楽に計算で求める

このままではリンギングが条件に依ってはひどくなり、場合に依っては発振してしまう恐れがあります。このピーキングは電源フィルタのインダクタとコンデンサの共振に依って発生しているので、この共振のQを出来るだけ低くすれば良いのですが、その計算は結構面倒な計算式となり、途中で挫折した方もいるかもしれません。そこで、もう少し簡単な方法を紹介したいと思います。

図4

まず上の図の様に電源から見たインピーダンスを、回路を組み立てながら考えてみます。

図5

最初は抵抗だけしかないので、1KΩが見えているだけです。

図6

コンデンサCf1が並列に付くと、並列なので低いインピーダンスが見えます(優先されます)。コンデンサと抵抗のインピーダンスが等しくなる周波数は、R0=1KΩ、Cf1=15000pFの場合、となります。

図7

コンデンサとインダクタの共振回避の方法とは?

最後にインダクタLf1を直列に繋ぎます。今度は直列なのでインピーダンスが高いほうが見え、右の様に再びインピーダンスは高くなります。 ここで大事なのがコンデンサとインダクタがぶつかり合うポイントです。Lf1=1.8uH、Cf1=15000pFの場合、このポイントの周波数(つまり、共振周波数)はとなります。

この辺は教科書にも載っているので、知っている方がほとんどだと思います。

抵抗を入れ、ぶつかり合うインピーダンスのポイントをずらす

でも、ここからがミソです・・・ インダクタとコンデンサがぶつかり合ったポイントのインピーダンスは、Lf1=1.8uH、Cf1=15000pFの場合、 となります。

インダクタとコンデンサの特性が直接ぶつかり合うと“共振”を起こします。

これが、図 3のピーキングの原因なので、共振が起きないように、つまりインダクタとコンデンサが直接ぶつからないようにしてやれば、ピーキングも減る事に成ります。

図8

例えば、上の様にコンデンサC0に直列に抵抗R1を入れて、インピーダンスが抵抗値より下がらないようにすることで、直接インダクタとぶつかり合わないようにしてみます。

ピーキングも振動も抑えられる

Lf1=1.8uH、Cf1=15000pF、Rf1=15Ωとして計算した結果は次の様になります。

図9

ピーキングは大幅に減りました。それでは負荷を接続してみましょう。

図10

負荷電流に依って少し電源が変動しますが、大きな電圧降下も振動も無くなりました。

これでやっと電源フィルタの完成です。。。といいたいのですが、現実の電源フィルタにはもう少し工夫が必要です。それは寄生素子の影響です。

次回は寄生素子の影響を加味して、電源フィルタを完成させたいと思います。


bookmark_border電源フィルタ (1)

今回は電源に入れるフィルタについて紹介したいと思います。

なぜフィルタが必要なのか

フィルタは雑音を取り除く

電源になぜフィルタなどと面倒なものを入れるかと言うと、電源が理想的ではないからです。シミュレーションで使う電圧源や電流源はこの世の中にはありません。実際の電源は電圧や電流だけではなく出力インピーダンスも有限で周波数に依ってその値も変わります。また、色々な雑音が混じっています。

特にほんのわずかな電圧や電流を増幅するアンプにとって、電源に混じっている雑音は信号との区別がつかなくなり、致命的になります。

フィルタ自身も”雑音”を出す源

また、ややこしいのは雑音を出すのは電源だけではなく、自分自身でもあると言う事です。つまり、出力インピーダンスが有限の電圧源は、負荷に流れる電流が増えると電圧降下が発生して、これが負荷にとっては雑音になります。デジタル回路で扱うデータに応じてヒゲのようなスイッチングノイズが出るのは、負荷電流が変わっていることが発端になっているのです。

そんなわけで、電源入れるフィルタは電源が出す雑音だけではなく、自分自身が出す雑音も取り除くことも目的なのです。

フィルタを作成する

では実際に電源フィルタを作ってみたいと思います。

回路の負荷を想定し、カット(除去)周波数を定める

まずは回路の負荷を1KΩと想定します。3.3V電源であれば3.3mAが流れている事になります。デジアナ混在のSoCなどに使われているBGRなどの基準電源と思ってください。

次に電源からの雑音をカット(除去)する周波数を1MHzと決めます。

図1

フィルタ・インダクタの組み合わせを算出する

フィルタの方はLCの2次のLPFとします。共振周波数fcは次式で表されるので、

—————– (1)

共振周波数fcを10MHzとしたときのフィルタ定数Lf1,Cf1の組み合わせを計算してみます。なお、インダクタLf1は(1)式から次の様に計算できます。

—————– (2)

回路を組んで、周波数特性を計算する

これらの組み合わせを上の回路図に適用して、電源V0を信号源として、OUTの周波数特性を計算してみると・・・

図2

組み合わせに依って、ピーキングが発生しています。ピーキングの有無や量は、負荷のR0=1KΩに対して、共振する周波数のインピーダンスが大きいか小さいか、また負荷に対して並列に接続されているのか直列になっているのかにも依ります。

フィルタを調整する

フィルタ値を決めて部品を選定する

この辺りは後で詳しく説明することとして、フィルタの値を仮に決めたいと思います。

コンデンサは200pFより少し小さい方が良さそうなので150pFにします。これを使って計算で求めたインダクタは170uHなのですが、部品としては系列のある180uHとします。

図3

回路の周波数特性・過渡応答を確認する

この回路の周波数特性と電源の起動応答を見てみると次の様になります。

図4
図5

これで周波数特性も過渡応答も確認できたので、これで完了!と行きたいのですがまだ負荷電流変動が残っています。

負荷電流変動の確認をおこなうと。。

前の回路図の負荷変動用電流源I3に下記のようなランダムな負荷電流を加えてみます。

図6

ランダムな負荷電流は10mAピークとしましたが、上の図の様にフィルタ出力電圧OUTは大きく低下して1V付近まで落ち込んでしまい、このままでは回路は誤動作してしまいます。また、負荷電流が減ったとき、電源電圧より高い電圧が印加されるので、デバイスが破壊してしまう可能性もあります。

やはり難しい電源フィルタの設計

このように電源フィルタの設計は意外と難しく、電源回路や負荷となる回路の動作を理解し、これらに合わせて最適なフィルタの型や定数を設計しないと、雑音を除去するはずの電源フィルタが、逆に雑音や過剰な電圧を発生させてしまう回路になってしまい、悪くするとデバイスを破壊してしまう様な惨事になりかねません。

次回は上の回路をどう直していくかを紹介したいと思います。

 

bookmark_border反射 (5)

反射の周波数特性と波形

Sパラメータと反射

今回もSパラメータについてもう少し紹介したいと思います。

S11が入力側(左側)の反射量を示すなら、S22は出力側(右側)の反射量を示します。

そしてS21が入力から出力への(左から右への)電力伝達量を、S12は出力から入力への(右から左への)電力伝達量を示します。

図1

Sパラメータの中で先ず注目するのは、S21ではないでしょうか。

Sパラメータで、LSIの内部波形を推定できる

非測定物の周波数特性がどうなっているか、ピーキングは無いか? などを先ず確認する時に使います。そして次に注目するのがS11やS22ではないかと思います。 S11やS22に注目する理由は、実際に触ることが出来ないLSIの内部の波形を推定すること出来るからではないでしょうか。

図2

寄生素子の影響を特定する手助けとなるSパラメータ

例えば、実際の評価でなぜかエラーを発生してしまうLSIがあったとします。寄生素子の影響であることはなんとなくわかっているのですが、どう調べたら良いか分からないこともあると思います。そんな時、S11が原因究明の手助けになってくれます。

まずLSIの等価モデルを想定します。上の図の様に最も簡単なものを使い、インダクタL0はボンディングワイヤーを、コンデンサC0はPADと入力トランジスタの寄生容量を等価するものとします。

PAD容量や入力トランジスタの寄生容量はデバイスの特性なので、デザインマニュアルなどを参照すればある程度の数字を得ることができると思います。問題なのはインダクタで、ボンディングワイヤーの長さ(特にループになっている分)や、PKGの端子がどの程度のインダクタになっているかを知るには骨が折れます。

S11からエラー原因が特定されない

上の回路で、Cp=1pFとしてインダクタLpを変化(2n, 5n,10n,20nH)させたときのS11を計算した結果を下に示します。

図3

等価回路を良く見ると、L/Cの直列共振回路となっています。なので、共振周波数では整合抵抗R0に非常に低いインピーダンスが並列に入っている事に成ります。そのためS11は全反射(入力した電力の全てを反射する)し0dBを示す事に成ります。もし、実測したS11に全反射となる周波数があれば、その周波数を合わせるようにインダクタを計算して求めることが出来ます。 しかし、S11が全反射する周波数から寄生インダクタを求めても、なぜエラーが発生するかの説明は出来ません。そこで、等価回路のVout端子の周波数特性を確認してみます。

等価回路のVout端子の周波数特性を確認する

図4

S11の全反射する周波数で、ピーキングが発生していることが分かります。

入力波形にはリンギングが表れないことがある

このまま過渡解析をしてみると・・・

図5

大きなリンギングが発生して、エラーになっていることが分かります。更に厄介なことはLSIの入力波形を見ると分かります。

図6

LSIの入力波形には大きなリンギングは現れていません!

つまり、このLSIを評価するときに、LSIの端子Vinをプローブで観測しても上の図の様に“少しリンギングが有るけど、エラーするほどではないので、入力部には問題はない”と済ましてしまうと、永遠にエラーするなぞが分からないままになってしまいます。

入力部とSパラメータの測定結果比較が重要

簡易的でも、入力部の等価モデルとS11の測定結果を比較することで、実測できない内部の波形を推定することが出来ます。 ところで、LVDSなどの高速インターフェースでは整合抵抗をLSIの中に搭載することが一般的です。上の回路例では、整合抵抗R0はLSIの外部に実装していますがこれをLSI内に移動した場合の効果はと言うと・・・

図7
図8
図9

その効果が圧倒的なのは波形(図5が外部整合、図9が内部整合)を見れば一目瞭然です。

整合抵抗(終端抵抗)は偉い

インピーダンス整合用の抵抗R0は、終端抵抗とも呼びます。そこ場所で今までの伝送路が終わるのでこの名前なのだと思うのですが、やはり終端抵抗は最後につけないとその効果が出ないと言うことだといってしまえばそうなのですが・・・寄生容量やインダクタや伝送路のミスマッチ、歪を全て背負って、終端する抵抗って偉いと思うのです。

次回はこのSパラメータと他のパラメータの関係について紹介していきたいと思います。


bookmark_border反射 (6)

反射を使って何かを調べると言うと・・・TDRという測定方法があるのをご存知ですか?

“TDR”をGoogleで検索すると・・・ホテルご予約の案内。東京ディズニーリゾート・・・の略でもあるのですが(汗) ここではTime Domain Reflectometry の略です。

TDRという測定法

直訳すれば「時間軸の反射測定」となります。今まで反射の波形を時間軸で説明してきたのに何をいまさらと思われるかも知れませんが、この測定はSパラメータと同じく反射を測定する方法のひとつで、反射がどこで発生しているか、その場所を突き止めることが出来ます。

昔の高価なオシロスコープにはTDR測定用の端子があって、ここに同軸ケーブルを経由して評価ボードを接続します。そうすると評価ボード(非測定物)のどの辺りで反射が起きていて、しかもそれが特性インピーダンスより大きいのか小さいのかもわかってしまうと言う優れものです。

評価ボードのコネクタ部分が悪いのか、LSIの入力が駄目なのか、ストリップラインの曲がっている場所で反射してるのか をオシロスコープの波形を見ればすぐに分かり、しかも、指で触るとリアルタイムに波形が変化したので、非常に直感的で、まさに体で感じることが出来る優れた測定方法です。まだ駆出し頃、反射しているポイント指で探って、そこに指と同じ回路を追加して反射の影響を出来るだけ減らすことと格闘していました。

ちなみな私の人差し指の等価回路は、10pFと5.1Ωの直列でした。

TDRのメリット

インピーダンスの整合を調整する方法にはスミスチャートを使う方法(別の機会に紹介したいと思います)があります。しかしこの方法はRF回路などインピーダンスを整合させる周波数範囲が狭い場合には非常に有効ですが、NRZ信号などの様に信号成分が広帯域におよんでいて、広い周波数範囲でインピーダンス整合をとる場合には有効とは言えません。

その点、TDRは非常に広い周波数範囲でインピーダンスの整合を調整するのに都合の良い測定方法です。

反射波を用いたTDRの測定原理とは

TDRの測定原理は非常に簡単です。非測定物(なぞのモジュール)に向かって非常に立ち上がり時間の短いパルスを送出し、その反射波を観測するだけです。

図1

あるモジュールの端子に同軸ケーブルを接続してTDRを測定した結果、次の様な波形が出てきたとします。

図2

つまり、V(vs):青の信号を送信した結果、信号源のインピーダンス整合をする抵抗RsにV(vin):緑の波形が現れたとします。実はこの波形から色んなことがわかるのです。

TDR測定で分かること

  1. 波形の落ち着いた場所が中心(0.5V)から少し上にずれている。
    これは、終端抵抗が信号源インピーダンスから少し大きめになっていることを意味します。長い時間その値を保っていられるのは直流に近い成分であることを意味しているので、直流結合で接続されている終端抵抗が50Ωより10%ほど大きめになっていることが分かります。LSI内に終端抵抗を実装した場合は有りうることです。

  2. 終端される前に一旦、電圧が低くなっています。短い時間だけ、つまり高周波でインピーダンスが低くなると言うことは・・・信号線とGNDの間にコンデンサが入っていることを意味します。つまり、終端抵抗と並列にコンデンサが付いていることが分かります。

  3. 少し手前に来ると、インピーダンスが高くなっている部分があります。短い時間だけ、つまり、高周波だけインピーダンスが高くなると言うことは・・・信号に直列にインダクタが入っている事に成ります。原因はモジュールを空けないと分かりませんが、信号の接続VIAかもしれません。

  4. 更に手前に戻って来ると、再びインピーダンスが低くなっている場所があります。ここにも信号とGND間にコンデンサが入っていることが分かります。この部分はモジュールの入り口なので、コネクタと接続するためにボードのパターンが太くなっているのかもしれません。

  5. インピーダンスがずれている間の時間がおよそ1.4nsecで、2箇所が同じ位の間隔になっていることが分かります。もし、モジュール内のボードがFR-4(ガラスエポキシ基板の代表的な例)で作られているとすれば、伝播遅延時間は70psec/cmなので、1.4nsecは20cmで作られる事に成ります。反射波は行って帰ってきていますので、ボード上では約10cmの距離に換算できます。

ブラックボックスを開封せずに波形で推定する

TDR測定の結果と答え合わせ

なぞのモジュールを開けた結果は次の通りです。

図3

ほぼ、波形から推定した結果を同じ回路となっていることが分かります。

なおTDRの更に詳しくは、下記を参照してください。

https://literature.cdn.keysight.com/litweb/pdf/5989-4149JAJP.pdf

TDR測定は、中を触ることの出来ない回路(例えば、モジュールやLSIなど)のインピーダンス整合がどこでずれているかを外部から知ることが出来るので、非常に重宝な測定方法です。

超音波も反射波を用いた測定法の1種

反射波を使った方法は他にもあり、超音波を発射して、反射波を解析することで反射を起こした物体の状態(硬さなど)や距離を求めて映像にする超音波診断装置は、良い代表例だと思います。

超音波
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E9%9F%B3%E6%B3%A2%E6%A4%9C%E6%9F%BB

ここまで書いて、イルカは超音波診断装置を何万年も前から使っていたのだと、気が付きました(汗)

光を捉えると言う点では人も目も優れていて、ろうそくの光でも夏の海岸でも本が読めます。

しかし、自然に入ってくる光(情報)を見るだけではなく、自ら音波(言葉や行動)を発して、その反射(対話)を感じることで、目では見えない相手の内側や本質や大切なものが見えてくるのだ と教えられた気がしています。


bookmark_border反射 (3)

前回までは“反射”がどの様に波形に影響を与えるか過渡解析を使って説明をしてきました。今回は小信号解析(AC解析)も使ってもう少し反射について説明したいと思います。

過渡解析を使わず、AC解析を用いる

線形解析ができるのか確認

“反射”と言うと進行する波と反射する波があり、それらが重なり合うので、なんとなく線形解析が出来ないような気がするのですが、どうなるか確認してみたいと思います。

図1

前回使った回路を図 1に示します。信号源インピーダンスRs=40Ω(多重反射を意図的に発生させます)で、終端側の抵抗Rtm=50G(Open)、寄生容量C0=10pFとしています。また、各伝送路超は50cmとしていますので、全部で2mの長さになります。電圧源V0を信号源として、Voutまでの周波数特性を計算した結果を次に示します。

図2

17MHz辺りでピーキングが発生して、それが繰り返されているように見えます。

横軸をリニアに変更した結果を下に示しました。

図3

横軸をリニアにすると、同じ形の繰り返しになっていることがよく分かります。周波数は35MHzで形も正弦波のように見えます。

横軸が時間であれば、よくある波形なのですが、このグラフの横軸は周波数です。

周波数特性を知る

あまり見ない形になっているので、これで良いのか少し不安では有りますが、気にせず先に行こうと思います。

先ずは35MHzと言う数字はどこから来ているのか考えてみることにします。 35MHzの一周期は・・・ です。

伝送路の長さは50cm×4=200cm。伝送路の計算に用いている遅延は70psec/cmとしています(普通のFR-4はこのくらいの遅延になります)。 なので、信号の遅延量は、70ps×200cm=14nsecとなります。14nsecと言うことは の信号ならちょうど一周期分がぴったり伝送路に入ります。

と成ると、 周期では35.7MHzと成り、周期では17.9MHzと成ります。

図4
図5

周波数特性でピークと成る周波数は伝送路の中に入れると、“腹”が反対側に表れ、反対に谷となる周波数は、“節”が伝送路の反対側に現れる法則があるようです。 ときどき“反射の影響が出るのはどのくらいの周波数からか?”と聞かれることがあるのですが“伝送路長が 波長になる周波数からかな”と、答えていました。

が図5を見ると、 “伝送路長が 波長になる周波数から。場合に依っては 波長から”と答えないといけなかった事が分かってしまいました(大汗)

例えば、10cmのストリップラインをFR-4基板に引いたときは・・・

この周波数あたりから利得特性に盛り上がりが現れ、358MHzではピークとなるので、180MHz辺りの周波数では波形に影響が出てくると考えるべきです。

試しに反射を線形解析で解いてみる

ところで、周波数特性が分かっていると言うことは、逆フーリエ変換すれば時間軸波形を求めることが出来るかもしれません。“反射”は周波数特性やフーリエ変換と言った線形解析では解けないというイメージがあるのですが、試してみたいと思います。

入力波形

図6

この波形をフーリエ変換すると下記のような周波数成分に分解できます。

図7

この各周波数成分に下の周波数特性を掛け算して・・・

伝送路の周波数特性

図8

その結果を逆フーリエ変換すると・・・下のような波形になります。

逆フーリエ変換による波形出力

出力波形

図9

過渡解析と逆フーリエ変換による波形の違い

同じ事を過渡解析で計算してみると、

図10

と成って、ほぼ同じ波形を得ることができました。注目すべきは、1個目のパルスです。

周波数特性+逆フーリエ変換を使った結果では1個目のパルスから歪んでいますが、過渡解析は最初のパルスは歪んでいません。どちらの結果を信じれば良いのでしょうか。

ひずみが発生する原因は多重反射です。パルスが伝送路内に入ってまだ時間が経過してない間は多重反射が起きていない(反射がまだ発生していない)ので、最初のパルスは歪まずに到達できるのです。この辺まで計算してくれる過渡解析の方がより現実に近い計算結果を示していると言えます。

しかし、過渡解析には時間がかかります。伝送路が複雑になると指数関数的に計算時間が増えていきます。反面、周波数特性(AC解析)+逆フーリエ変換は伝送路の複雑でも殆ど計算時間は変わらないです。最初のパルスを無視すれば、十分使えるのではないかと思います。

今回は“反射”を過渡解析を使わないで計算する方法を紹介しました。

次回は、反射+線形解析となると避けては通れないSパラメータに触れたいと思います。