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bookmark_borderシステムLSI(SoC) の直面するクライシス

3つの技術クライシス

システムLSI(SoC)に搭載するトランジスタの集積度を上げる(トランジスタを小さくし、たくさん並べる)ほどLSIの演算性能は上がるのですが、同時に「電力」「複雑さ」「配線」の3つの主要な技術的課題に直面します。各クライシスに対する原因、課題、対策について簡単にまとめました。

電力クライシス

電力クライシスとは消費電力と性能のバランスの問題です。システムLSIのトランジスタを集積して動作周波数を上げれば処理能力が上がりますが、同時に消費電力が増加し、バッテリーサイズ、リーク電流の発生、発熱に影響します。逆に動作周波数を落とせば処理能力は低下します。

LSIの微細化に伴って、特にドレインーソース間のリーク電流増加が大きな問題になっています。これに対してFin-FETGAA-FETのような近年の新しいトランジスタ技術はリーク電流減少に寄与します。さらに最近はDVS(Dynamic Voltage Scaling)やDVFS(Dynamic Voltage & Frequency Scaling)といった新しいパワーマネジメント手法を導入することで、動的に電力を管理し、さらに細かく消費電力を最適化することも始まっています。電力クライシスに対処するためには、このように回路、アーキテクチャー、システム、アルゴリズムの工夫が必要となります。

複雑さのクライシス

複雑さのクライシスとは、SoCのトランジスタ数が増加するにつれて、設計の複雑性が増大することです。例えばAppleの A17proは190憶トランジスタを使用し、3nm GAA-FETプロセスを採用しています。これは、100人✖1年の設計工数を必要とするほどの複雑さです。こうした設計の複雑性の増加は、設計時間の増加、コストの増大、およびエラーの可能性の増加を招きます。

複雑さのクライシスに対する対策としては、Cベース(高位合成)やIPベースの設計化です。これらを進めることで、設計プロセスを自動化し、設計効率を向上させることができます。また、ドメイン特化型プラットフォームの構築は、設計資産を効率的に再利用し、開発時間とコストを削減することができます。

配線クライシス

配線クライシスとは、システムLSIの論理回路ブロック同士をつなぐクリティカルパスによる信号遅延のことです。トランジスタの微細化がすすみ、今はシステムLSIの中で非常に多くの論理回路ブロックを置くことができるようになりました。しかし先に論理ブロックを並べてから配線する従来の「P&R(Place & Route)」の設計方法ですと、配線長がどんどん長くなりがちです。特にクリティカルパスが長くなることは致命的で、信号遅延による非効率な回路となってしまいます。

配線クライシスに対する対策として、クリティカルパスについてはP&R設計ではなく先に配線レイアウトを最適化する「R&P(Route & Place)」による設計が最も重要です。加えてSI(Signal Integrity)PI(Power Integrity)に起因するクロストークやIRドロップに対する対策も効果的です。さらに新しい技術としてチップ間の遅延時間を大幅に短縮する3次元積層化技術も有効な手段として期待しています。

最も重要なのは電力クライシス対策

LSIのトランジスタ微細化の大きな流れの中で、私は電力クライシス対策が最も重要なカギと考えていて、技術開発に取り組んでまいりました。そこでまずシステムLSIで私が省電力化に対して取り組んだことをご紹介し、次にこれから特に有望と考えうるアーキテクチャーとして、DVFS, DVS 等について順次ご紹介しようと思っています。

bookmark_borderスケーリング則/ムーアの法則

システムLSI(SoC: System on a Chip)は、約3年ごとに0.7倍のペースで微細化が進んでいます。この微細化のトレンドのことは、スケーリング則やムーアの法則、またはデナードの法則とも呼ばれています。

スケーリング則では0.7倍のスケールダウンにより単位面積あたりの集積密度が2倍になり、同一電圧で1.7倍高速化し、消費電力が半分になる性能向上が図られます。スケーリング則と素子構造および回路パラメータとの関係について、詳しくは下図を参照してください。

下図でKはスケーリング係数(<1)であり、約3年でx0.7 です。

図1スケーリング則(デナード則)

次は、LSI低電圧化の流れについて説明します。

bookmark_borderシステムLSIの低消費電力化技術(6)  

昨今はチャージリサイクリングによる低消費電力化の研究が活発です。その1つを今日はお話します。

チャージリサイクリングでViを下げる

以前の記事で解説した数式を1つ思い出していただきたいのですが、CMOSLSIの消費電力の算出で、Pcは(1)「C・Vi・Ve・f」もしくは(2)「C・Ve2・f」で表されます、と申し上げました。このうちViを、「チャージリサイクリング」と呼ばれる低消費電力化を図る技術についてご紹介します。

チャージリサイクリング技術とは?


ブログをご覧の皆様には基本的レベルの事ですが、重要なのであえて申し上げますと、LSIの内部ノードは、演算動作に応じてVeと0の間を遷移します。内部ノードを、0→Veにする時は電源から所定のノードへ電荷を供給し、Ve→0にする時はノードの電荷をGNDへ引き抜いています。

演算動作中、演算を実施しているノードと、これから演算を開始するノードがLSI内で同時に存在します。すなわち“Ve”へ充電したいノードと“0”へ放電したいノードが混在する。ということが頻発します。この状態でノード毎に充放電すれば、当たり前ですが消費電力量は増えますね。

チャージリサイクリングとは、あるノードをVe→0にする時、その電荷をすべてGNDへ捨てるのはもったいないので、電荷の一部を0→Veにしたい別ノードへ渡して再利用する技術なのです。

なんとも賢い方法ですね。原理図を示します。

図16 チャージリサイクリング技術(原理図)

チャージリサイクリングのメカニズム


メカニズムを簡単に説明します。

ノード[A]、[B]を各々Ve→0、0→Veにする場合、t1のタイミングでS1をONさせ電荷分配によってノード[A]および[B]をVe/2にします。次いでt2のタイミングでS2(GND側スイッチ)、S3(電源側スイッチ)をONし、ノード[A]、[B]を各々目標のVe/2→0、Ve/2→Veにします。この過程において、ノード[A]の放電する電荷の1/2はノード[B]を充電するために再利用されている。このチャージリサイクリング技術によって、消費電力を1/2に低減する事ができるわけです。

チャージリサイクリング技術の強誘電体メモリ応用例

さらに、図17にこの技術を強誘電体メモリ(FeRAM)へと応用した事例を示します。従来強誘電体メモリは、セルプレート線に容量値の大きい強誘電体メモリセルが接続されており、その充放電時の消費電力が大きな問題でした。

図17 強誘電体メモリ(FeRAM)への応用事例

メモリアクセスによってセルプレート選択線CP1=“1”(選択)からCP2=“1”へ切り換えるとき、まず、電荷回収用容量線CP0とCP1をSW1によってONさせ、CP1とCP0とを電荷分配させる。この時、CP1の電荷の一部がCP0へと転送されます。次にCP0とCP2をSW2によってONさせると、CP0の電荷の一部がCP2へ転送されます。
すなわち、放電すべきCP1の電荷の一部が、スイッチドキャパシタ動作によってCP1→CP0→CP2のパスで、充電すべきCP2で再利用することができるのですね。この時 CPn/CP0値を最適化すれば、およそ50%近い電荷再利用効率を得る事ができた、という事例になります。

「容量の充放電」がポイント

ポイントは、CMOSLSIで使われる電力のほとんどが「容量の充放電」で費やされている事実です。ですから、チャージリサイクリングのような「容量の充放電」をコントロールする技術は低消費電力化において重要な技術です。言い換えるなら、LSI回路設計における低消費電力化とは「ある大きな容量のノードを放電する時、その電荷をどこか他のノードに利用できないか?」が本質といっても過言ではありません。(その解決策を考えるのがLSI技術者の面白いところでもありますね)

さて、システムLSIの低消費電力化技術についてはひとまず終え、次は高速化技術についてご紹介できればと思います。