
高速伝送の3回目、今日はイコライザ機能についてお伝えします。
イコライザ機能 ― 所望の周波数特性を実現するために
前章で述べたように、高速伝送系で“フラットな帯域特性”を実現するには、回路側で積極的に補償技術を導入する必要があります。その代表が「イコライザ(等化器)」です。
イコライザの役割と選択
イコライザは、送信側(TX)や受信側(RX)で異なる周波数特性を持つ回路を組み合わせて、
システム全体として所望の周波数応答(=良好なアイ開口が得られる帯域フラット特性)を実現するための技術です。
たとえば、
- 送信側で高域成分を強調するTXイコライザ(Pre-emphasis型)
- 受信側で低域損失を補償するRXイコライザ
など、伝送路の損失やピーキングなどの特性に応じて最適な補償パターンを選択します。
PCI Expressなどの実例では、TX、RXともにイコライザ機能が搭載され、設計者は伝送環境・世代(Gen1/Gen2)に合わせて所望の周波数応答を合成することで、高速信号伝送の信頼性を確保しています。

技術的な難易度と今回の選択
一般に、RXイコライザはTXイコライザよりも技術的に難易度が高く、設計や調整も複雑になりがちです。
近年はTX/RX両方にイコライザを搭載するシステムが主流ですが、今回の設計例では伝送路特性と設計バランスを考慮し、「TXイコライザ方式(送信側補償)」を選択しています。
このように、伝送路特性を踏まえて最適なイコライザ方式を選択することが、安定した高速IF設計の実現につながります。
Pre-emphasisとは?
TXイコライザで、特定の高周波成分をあらかじめ強調(増幅)する処理が「Pre-emphasis(プリアンファシス)」です。Pre-emphasisは、送信信号の立ち上がりや立ち下がりといった高速成分を強調し、伝送路で減衰してしまう高域成分をあらかじめ“ブースト”して送り出す技術です。
Pre-emphasisの原理 - 離散系High-passフィルタ
図のように「現在の入力データから、1クロック前のデータ(z⁻¹遅延)をα倍して差し引く」ことで、急峻な変化(=高域成分)を強調する仕組みです。

この技術は、離散時間系のハイパスフィルタとして数式でモデル化できます。
式で表すと

(yₖ:出力、dₖ:現在の入力、α:Pre-emphasisの強さパラメータ)
これをz変換すると、


となり、伝達関数としてシステム的な評価も可能です。
周波数領域での特性
さらに、周波数特性(|H(f)|)は

のように表せます。ここでfsはサンプリング周波数、αが小さいほど補償効果は弱く、大きいほど強い補償となります。
Boost Gainによるパラメータ設計
実際のICやデータシートでは、Pre-emphasisの効き具合は「boost gain(Gb)」で表されます。
これは“ピークゲインとDCゲインの比率”で、下記の式で定義されます。

Gbから逆算してαを決定します。

この数式モデルを基に、PEレベル1~3などの段階でα値を設定するα値計算表が作れます。
<α値計算表>
PE level | boost(dB) | boost | α |
---|---|---|---|
0 | 0 | 1 | 0 |
1 | 3 | 1.41 | 0.17 |
2 | 6 | 2.00 | 0.33 |
3 | 9 | 2.82 | 0.48 |
このように数式と物理モデルに基づいて、信号補償量を論理的に設計できるのがPre-emphasisの強みです。
ちょっと長くなったので、今回はここまでにして、次回はPre-emphasisの有無による波形の違いについてお伝えします。
Pre-emphasisの有無によるLVDSバッファ出力波形の違い
Pre-emphasis(プリアンファシス)をバッファ出力に適用した場合、実際の波形はどのように変化するのでしょうか。シミュレーション結果を比較してみましょう。
Pre-emphasis無しの場合(左図)

左側のグラフは、Pre-emphasisをかけていない場合の波形です。
赤・緑線が入力PRBSパターン、青線・紫線がLVDSバッファ出力の各端子電圧です。
この場合、入力データに対してバッファ出力の立ち上がり・立ち下がりはやや鈍く、bitの変化点でも出力波形の振幅が一定であることがわかります。
これでは伝送路を通った際に高域成分が十分に強調されず、後段での波形品質が劣化しやすくなります。
Pre-emphasis有りの場合(右図)
一方、右側のグラフはPre-emphasisを有効にした場合の波形です。
同じく赤・緑線が入力データですが、バッファ出力(青線・紫線)はbitの変化点(エッジ)で振幅が大きく変化していることが分かります(黄色丸の部分)。
これは、Pre-emphasisが「立ち上がり・立ち下がり」の高域成分を強調し、
信号変化点でピークが出ることで、伝送路で減衰しやすい部分を補っていることを示しています。
このように、Pre-emphasisをかけることでバッファ出力波形の振幅がbitの変化点で増幅され、高速伝送での波形品質が大きく改善されます。
この“強調されたエッジ成分”が、後続の伝送路を通過した後にも信号のアイ開口を保つ上で非常に重要な役割を果たします。
Pre-emphasisによるRX側アイパターンの変化 ― 最適なPE値の選択
LVDSバッファから信号を送り出し、伝送ラインを通過した後、受信側(RX)で得られるアイパターンはPre-emphasisの有無や強さによって大きく変化します。
Pre-emphasis無し(左図)

Pre-emphasisをかけていない場合、伝送路の高域損失により、アイパターン中央の開口部が著しく狭くなります。
この状態では、隣接ビットの影響(符号間干渉, ISI)やジッタ(DJ)が増加し、データ判別が難しい不安定な状態になってしまいます。
Pre-emphasis有り(PE=2)(右図)
図中の黄色の点線は、PE無しのときの開口と比較した際の拡大効果を示しています。
PEレベル2に設定すると、立ち上がり・立ち下がりが強調されて伝送路の損失が補償され、アイパターン開口が大きく広がります。
ISIやDJも減少し、安定してデータ受信が可能になります。
PEレベル1および3の場合(参考)

- PE=1(弱め):
補償効果はありますが、PE=2と比べてアイ開口がやや狭く、ジッタも残りがちです。 - PE=3(強め):
開口部自体はPE=2と同程度ですが、波形の振幅方向の変動が大きくなり、オーバーシュートや消費電流の増加といった副作用が現れます(LVDS buffer ICへの負荷も増す傾向)。
最適なPre-emphasis値の選び方
このように、PE値を強くしすぎても必ずしも波形品質が向上するわけではなく、かえってジッタや振幅の揺らぎが増えてしまう場合もあります。
設計現場では、シミュレーションや実測でアイパターンを比較しながら、伝送路・バッファICの特性に応じて“最もバランスの良いPE値”を選択するのが重要です。
今回の事例では、PE=2がもっとも安定したアイ開口と低ジッタを実現しており、実用上も最適な設定といえるでしょう。
GHz帯は怖くない ~デバイス能力とft(トランジション周波数)の考え方
高速IF設計において、“GHz帯だから難しい”と感じる方も多いかもしれませんが、
実はデバイス能力に着目すると、2~3Gbpsクラスの伝送であれば、十分な設計マージンがあることが分かります。
デバイスの速度指標「ft」とは?
アナログICやトランジスタのカタログスペックには必ず「ft(トランジション周波数)」が記載されています。
ftは「電流増幅率(hFE)が1になる周波数」を意味し、そのデバイスが増幅素子として動作できる最高速度を表します。

2~3Gbps伝送なら“1/50~1/100”の領域
たとえばプロセスごとのft値は以下の通りです。
プロセス | ft(GHz) |
---|---|
110nm | 110 |
55nm | 230 |
2Gbps伝送信号の主な周波数成分は1GHz帯付近です。
つまりデバイスftに対して1/50~1/100程度の帯域でしか動作させていません。
そのため、現行のデバイス(110nmや55nmプロセス)では「デバイス速度のマージンが非常に大きい」というのが実情です。
このことを知っておくと、「GHz帯」も実はそこまで“怖くない”領域だと感じられるはずです。
最新の高速化トレンド
一方、技術の最先端では
- 有線通信:50Gbps~100Gbps級
- 無線通信:100GHz~300GHz級
といった「ft限界ギリギリまで使い切る」設計や研究も進んでいます。
このレベルになると、デバイスそのものの能力を引き出すための新たな工夫や回路技術も必要になってきます。
高速IF設計を支える周辺技術とまとめ
今回は高速IF設計についての基本的な考え方、アイパターンを活用した波形評価、波形等価におけるPre-emphasis技術までを解説してきました。
最後に、実際の高速インターフェース設計でエンジニアが“ぜひ身につけておきたい”技術要素を整理します。
- 伝送路理論(マクスウェル方程式、Sパラメータ、フーリエ変換)
- 波形等価
- Pre-emphasis → z変換
- リニアイコライザ → ラプラス変換
- 非線形イコライザ → インパルスレスポンス、LMS適応アルゴリズム
- 同期系
- CDR(クロックデータリカバリ)→ インタポレーション技術、離散フィードバック回路
- PLL(位相同期回路)→ 非線形回路技術、発振回路
- 符号系
- 疑似ランダムパルス発生、誤り訂正 → ガロア体
- 高速回路設計技術(高速バッファ設計、終端技術、シグナルインテグリティ(SI)、レイアウト、パッケージング等)
正しい知識を持って対処すれば、GHz帯は特に難しい分野ではありません。
但し、高速回路設計技術以外の多岐にわたる周辺技術を理解しておく必要があります。“これらが高速IF設計の基礎体力となる”ことを、ぜひ覚えておいてください。