
こんにちは。前回はIPCの取り組みの概要と、そこで使われるDAA(Digitally Assisted Analog)技術についてお伝えしました。
今回は、DAA技術の適用例と効果についてお伝えします。
DAA(Digitally Assisted Analog)技術の適用例と効果
IPCでは、このDAA技術を活用し、アナログ特性の補正を複数の方法で実現しています。具体的には、以下の3つのケースに分類されます:
- Case1:トリミングによる固定値補正(製造ばらつきへの対応)
- Case2:回路特性の動的制御(リアルタイム応答)
- Case3:環境モニタを使った補正(温度や電源電圧など)
それぞれの仕組みとIPCでの適用事例について、順にご紹介します。
Case1:トリミングによる固定補正(製造ばらつきへの対応)
LSIを製造すると、素子ごとにどうしても特性のばらつきが出て、設計値から微妙に特性がずれてしまうことがあります。たとえば、基準電圧(VREF)が少し高めに出たり、オシレータの周波数が設計値とずれてしまうケースです。
IPCはこのような「製造ばらつきを補正する技術」としてトリミング補正 を採用しています。製品出荷時に個体ごとに求めた補正値(トリミング値)や顧客が指定した設定値をチップ内のメモリに保存し、起動時にその値をデジタル回路を介してアナログ回路に反映させて補正する仕組みです。これにより、基準電圧や発振周波数のバラつきを効果的に吸収できます。

基準電圧(VREF)のバラつき補正
基準電圧を生成する回路では、製造プロセスのばらつきによる出力電圧誤差がつきものです。
IPCでは、デジタル回路からトリミング補正値を設定することで内部抵抗値を調整し、分圧比を変えることでVREFの出力電圧を補正しています。これにより、安定した基準電圧を確保し、システム全体の動作精度を向上させています。

オシレータ周波数のバラつき補正
クロック生成に用いられるオシレータも、素子のばらつきよって周波数が変動することがあります。IPCでは、デジタル制御によりオシレータの動作電流を調整し、オシレータの発振周波数のばらつきを補正しています。これにより、安定したクロック供給が可能となり、タイミング精度の向上につながります。

その他の応用
IPCでは、基準電圧やオシレータに限らず、障害検出回路のコンパレータ閾値のオフセット補正などにもトリミング技術を応用しています。これにより、製造ばらつきによる検出精度の低下するリスクを抑え、信頼性の高い保護機能を実現しています。
このように、トリミング補正は製造ばらつきを安定化させるための有効な手法であり、IPCでは複数の回路ブロックに適用することで、製品の性能と信頼性を高めています。
Case2:動作中の特性を随時補正(リアルタイム応答)
Case2では、DCDCコンバータのフィードバックループの一部にデジタル回路を取り入れ、動作中のアナログ回路の出力に対し、デジタル回路でリアルタイムに処理した結果をアナログ回路へフィードバックすることで回路特性を向上させる例を紹介します。

DCDCコンバータにおける重要な特性のひとつが、負荷過渡応答です。これは、急激な出力負荷電流の変化に対して、出力電圧をどれだけ安定して維持できるかを示す指標です。
たとえば、出力電流が15Aから30Aへと急増した場合、コンデンサやインダクタの応答が追いつかず、出力電圧が一時的に大きくドロップします。この電圧のドロップ量が大きすぎたり、回復が遅れたりすると、システムの誤動作につながる可能性があります。

非線形制御によるDCDCループ利得調整
IPCではこの負荷過渡応答の課題に対して、フィードバックループにデジタル処理を組み込み 動的にフィードバック利得を制御する非線形制御を導入しています。
具体的には、出力電圧をADCでデジタル値に変換し、デジタルフィルタで変動を解析。電圧ドロップが設定した閾値を超えた場合に、デジタルフィルタ部で一時的にフィードバック利得を引き上げることで、電圧の落ち込みを抑え、速やかな回復を実現します。

但し、フィードバック利得を常に高く設定してしまうと、小さなノイズにも敏感に反応してしまい、逆に安定性が損なわれます。そのため、従来のアナログ制御では通常時に合わせて利得を低く設定し、ノイズ耐性を確保する一方で、急変時の応答が遅れるというトレードオフが避けられませんでした。
デジタル回路を活用することでこうしたトレードオフを回避し、動作状況に応じて制御パラメータをリアルタイムで調整することで柔軟な制御が可能になります。この技術により、動作中の出力電圧の安定性を高いレベルで維持することができます。
非線形制御の効果
下左図では非線形制御の効果のイメージ図を、下右図にはシミュレーション波形を示しています。非線形制御を用いることにより、電圧ドロップの谷が浅くなり、目標電圧への回復も速くなり、通常の固定ゲイン制御では抑えられなかった電圧ドロップのピーク値を減らせるのが大きな利点です。


参考:IPCの非線形ゲイン制御の評価結果
IPCでは実際に負荷急変時の応答を評価しています。
評価条件は、出力電圧1.0V で出力電流を 15A → 30A にステップで変化させたケースです。スイッチング周波数は 500kHz、インダクタやコンデンサの値も実機を想定した条件で行いました。

結果を比較すると、非線形ゲイン制御をオンにした場合とオフにした場合で明確な違いが現れました。
- ピーク電圧の低減:電圧ドロップが約10mV抑制。
- 収束時間の短縮:目標電圧への回復時間が約15µs短縮。
次回は、Case3:環境モニタを使った補正について、お伝えします。
<参考文献>
◆第13回 デジタル・アシスト・アナログ技術(その1):アナログICの基礎の基礎 – EDN Japan (itmedia.co.jp)